今月のエシカル・カルチャー『世界からコーヒーがなくなる前に』

コーヒー業界全体のサステナビリティを目指す栽培農家を取材し、書かれた本の紹介です。今後も美味しいコーヒーを飲み続けるために「私たちにできること」について考えます。

今月のエシカルカルチャー世界からコーヒーがなくなる前に

今月のエシカル・カルチャーは、コーヒーについて。気候変動により、今後コーヒーの生産がぐっと減少するとも言われます。

世界一のコーヒー消費国フィンランドの「コーヒー大好き2人組」が、世界一のコーヒー生産国であるブラジルで学んだ、コーヒービジネスの現実と理想、そしてロマンが書かれた本を紹介します。

『世界からコーヒーがなくなる前に』ペトリ・レッパネン/ラリ・サロマー著 セルボ貴子訳 (2019年 青土社)


コーヒーは、もはや私たちの生活に最も入り込んでいる「必需品」

突然ですが、これらは「同じもの」といえるでしょうか?


例えばビアガーデンにある飲み放題の生ビール。
大ジョッキでワイワイ言いながら、もう何杯飲んだか記憶がない。
飲み会が終わる頃には、飲み残しのビールがジョッキの中にちらほら残っている。

かたや産地や製法にこだわった地ビールやクラフトビール。
Beer Bar、あるいは金曜日の自宅で自分へのご褒美。
ひとつひとつ違う味わいを持つ個性的なビールを丁寧に味わう。


さて、この2つのビールは同じものでしょうか。

おそらく、同じビールでも「まったく違う意味」を持っているといえるかもしれません。


最近、コーヒー業界でも、クラフトビールのようにこだわった「スペシャルティ・コーヒー」が注目されつつあります。ここでの「スペシャルティ・コーヒー」とは、カフェでバリスタが淹れてくれるラテやカプチーノではありません。

豆の品質を国際基準に沿って減点方式で採点し、100点満点中84点以上の評価がついたコーヒーのことをいいます。オーガニック認証を受けた豆であることはもちろん、どこで摂れた豆か、どのように扱われたかが数値として一目瞭然になるのです。

スーパーやカフェのコーヒー豆は、残念ながらこの合格点に及ばないものが大多数を占めています。

大量生産のコーヒーが「質より量」だとすれば、その真逆をいくのが「スペシャルティ・コーヒー」の世界。

コーヒーにも、そんな別次元の美味しさを持つものがあるのです。


「コーヒー」——それはビールよりも私たちの日常生活に密着しています。

朝起きて一番に飲む、職場についたらとりあえず一杯、ミーティングで同僚と、ランチの後に食後の一杯。そして仕事終わりには、シアトル系コーヒーのお店で仲間とおしゃべりを。

私たちの毎日には、すでにコーヒーが入りこんでいてもはや欠かせないものとなっています。

そして「スペシャルティ・コーヒー」を私たちが積極的に選ぶことが、エシカル活動につながるのです。それはいったいどういうことなのでしょうか。

コーヒーは、もはや私たちの生活に最も入り込んでいる「必需品」


世界一の消費国フィンランドから世界一の産出国ブラジルへ

この本が書かれたきっかけは、著者であるフィンランド人のペトリとラリ(コーヒー業界と出版業界に身を置く2人)が、コーヒーのサステナビリティを調べてみようと思い立ったところから始まります。

フィンランドは世界一のコーヒー消費国。

でも、世界一だからといって、一滴も残さず美味しく飲まれているとは限りません。

インスタント製品のコーヒーは今や大量生産され、大量消費され、さらに大量廃棄される「生活必需品」です。

気候変動が続く中で、今後もコーヒーは飲み続けることができるのだろうか。

まさか、世界からコーヒーが消えるなどということはないだろうか。

それは困る!


2015年、ペトリとラリは、ストックホルムのコーヒー・フェスティバルで運命的な出会いをします。ブラジルでサステナブルなコーヒー栽培を行い、国内外にその良さと必要性を伝えているマルコス・クロシェとその息子フェリペと知り合います。

ちなみにブラジルは、コーヒー生産国世界一。しかしブラジル産コーヒーは「質より量」がメインで、国際的な評価も低いというのが実情です。

そんな中で、クロシェ一家はあえてサステナビリティにこだわったコーヒー栽培に長くたずさわり、いまや「伝道師」的な役割をつとめるまでになりました。

「世界一コーヒーを消費する国」の2人が「世界一コーヒーを生産する国」へ。

コーヒーの現実と理想を学ぶために出かけるのです。

世界一の消費国フィンランドから世界一の産出国ブラジルへ


「オーガニック認証」だけで安心するべからず⁈

クロシェ家がコーヒー農場の運営を始めた2000年代は「オーガニック」という言葉が世に知れ渡り始めた頃でした。

当然クロシェ家も、オーガニック栽培に乗り出しました。

しかしこの程度でクロシェ家は満足しませんでした。

一家のビジョンは、もっと大きくてロマンに満ち溢れた壮大なもの、「コーヒー業界全体のサステナビリティ」でした。

それはコーヒー豆だけでなく、コーヒー畑を取り囲む環境すべてが「あるがままの自然」であること。動物がいて、他の野菜も育つようなコーヒー畑にすること。

理想は、コーヒーに関わる全てのサイクルがサステナブルに調和しながら回ること。

この考えを世界中のコーヒー農家・作業に携わる労働者にも知ってもらいたいと、クロシェ一家は日々奮闘しています。

たとえばクロシェ家が農場でやっているのは、「サスティナブルなコーヒー栽培」だが、ここで栽培されたコーヒーそのものそれだけでは「サスティナブルなコーヒー」とはならないのである。

なぜなら物流や焙煎のプロセスがサスティナブルつまり持続可能性に基づいて実践されているかによって結果がかわってくるからだ。

従って、収穫後も、コーヒーが一杯のカップに入るまでの長い道のりのどこかの部分で、業者やショップが欲を出して価格を釣り上げたりすると、このサスティナビリティはうまく機能しないと考えている.。

p.133

そう、豆が「オーガニック認証」されているからといって、それで環境問題が全て解決されるわけではないというのがこの本の大切なところです。

オーガニック認証は、サステナビリティのいわば大前提であり「入口」でしかないわけです。豆だけがオーガニック認証を受けたとしても、そこで働く労働者の作業がさらに過酷になったとしたら、そして焙煎や流通の段階で行き過ぎた資本主義が顔を出して(価格のつり上げや、品質の悪いコーヒーを高値で売ること)しまったら、元も子もありません。

目指すは、真のサステナビリティ「足るを知る」という、ことわざどおりの世界。

このような思想は、もともとはマルコスの母(フェリペの母)シウヴィアの考え方だったようですが、フェリペも今やすっかり賛同し、母のロマンを受け継ぐ者としてこんなふうに語っています。

「母はいくつかルールを設けた。自然に優しい農法であること。そして経済的に自立できる農園であること。

この方程式をどう解くか。

自分で、良い産物を育て、成功することを証明しなくてはならない。

ただそれには品質やビジネスモデルのためだけじゃない、もっと幅広い視点が必要だ。多品種を栽培し、近隣の生産者へ、じゃあうちもやろうという気にさせ、生産者としての誇りを取り戻してもらうぐらいのね。

生産者は芸術家みたいなものだよ」

p.25

「オーガニック認証」だけで安心するべからず⁈


この熱い思いこそ、クロシェ家の「スペシャリティ・コーヒー」の伝道者としてのモチベーションなのです。


エシカル活動は、自分の好きなことで、少しずつ
——

最後に、私たち「消費者」は何をすればいいのかというと……

もちろん、この本を読んでコーヒーの現実と理想(可能性)を知ること。

そして「スペシャルティ・コーヒー」の豊かな世界へ興味を持つこと。そして、ぜひ一度味わってみることです。

きっと少量でも満足のいく、心豊かな素晴らしいコーヒータイムとなることでしょう。

丁寧に作られたコーヒーを飲むことがサステナビリティにつながるならば、こんな素敵なことはないと思います。

参考文献 『世界からコーヒーがなくなる前に』ペトリ・レッパネン/ラリ・サロマー著 セルボ貴子 訳、青土社、2019


写真/文:越水玲衣


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