今月のエシカルカルチャー 映画『トーベ』

「ムーミン」シリーズの生みの親トーベ・ヤンソン。自分らしい生き方を求めたその半生から、エシカルにおける多様性に必要な「自由と尊重」について考えます。

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「たとえばダンスのステップのように──誰にだって、その人らしい生き方がある。」

エシカル・カルチャー第5回目では、「ムーミン」シリーズの作者トーベ・ヤンソンの若き日の物語から見えてくるエシカルを紹介します。

ちょっと気弱だけれど心優しいムーミントロール。小さな身体に有り余るほどのエネルギーで向かっていくミイ。そして音楽と孤独を愛する生涯の旅人スナフキン。

ユニークなキャラクターで世界的に有名な「ムーミン」シリーズですが、その作者であるトーベ・ヤンソンのことは、意外と知られていないのでは、と思います。

映画『トーベ』は、世の常識に挑みながらも、自分らしく生きようとした女性トーベ・ヤンソンの若き日々を、恋愛を中心に描いた作品です。


『トーベ』のあらすじ

1914年、トーベ・ヤンソンは彫刻家の父と挿絵画家の母との間にヘルシンキで生まれました。若きトーベは、早くも10代にしてイラストで認められ、風刺画家としてキャリアを始めていました。

しかし自分の「本当の仕事」は、ペンではなく絵筆を持つ「画家」だという思いが強かった彼女は、女性であっても画家として、きちんと認められたいと願っていました。

それというのも当時のフィンランドでは、芸術家であっても「女性」だというだけで、思い通りに能力を発揮できる場がないという保守的な風潮があったからです。とくにイラスト性のある風刺漫画などの作画的なものは、女性が家事や育児の片手間にやればいいものであり、「正式な画家とはいえない」と思われていました。

将来の不安を抱えながらも、情熱をもって絵画の制作に打ち込むトーベでしたが、時にひとり、絵筆を鉛筆に持ち替えて気の向くまま、ムーミントロールという不思議なかたちの生き物をノートに走り描きすることがありました。


そこは、自分だけのなぐさめの場所、心の待避所だったのです。

灯台 海 日没 空

そんな時、トーベに運命の出会いが訪れます。

彼女はあるパーティーで、華やかな雰囲気の舞台演出家、ヴィヴィカ・バンドラーと知り合います。自分のイラストを好きだと言ってくれたヴィヴィカに、同じ女性ながらたちまち惹かれるトーベ。

二人の仲は急速に縮まり、恋愛関係が始まるのです。

トーベは、初めての感情に戸惑いつつも、その当時恋人であった男性のアトスにそのことを打ち明け、彼を傷つけてしまいます。しかも当時のフィンランドでは、同性との恋愛は犯罪行為であったため、これは社会的にも禁じられた恋でした。

トーベとヴィヴィカは、二人にしかわからない言葉を使って手紙を交わし、密かに想いを伝え合いました。しかし、まさにこの禁じられた二人の出会いが、ノートの隅で生まれた「ムーミン」を一躍有名にするきっかけとなるのでした。

「ムーミンを舞台化しない?」

演出家であるヴィヴィカが、トーベにそう提案します。舞台は成功。ムーミンは誰もが知られる物語になっていくのです。「ムーミン」とともに、急速に回り出すトーベの人生。

ヴィヴィカとの恋、そしてアトスの想いを抱え、トーベは悩み、葛藤していきます──。生活に不便のないよう結婚して、男性に守られる人生か。それとも、一人の芸術家として自由を愛する人生か。

笑い、泣き、立ちどまり、葛藤しながら、それでも自分らしい生き方を貫こうと模索していくトーベの姿は、女性だけでなく、LGBTQや、生まれながらの格差がありながらも自分らしく生きたいと願うすべての人たちの問題を浮き彫りにしています。

ヘルシンキ大聖堂 教会 夜

映画の冒頭とラストには、トーベが無心で踊るシーンがあります。

どんなふうに見えるかなんて構わない。内から突き動かされる衝動に身体をまかせ、心を開け放ち、自分の存在すべてを叩きつけるようにステップを踏むトーベの姿は、まるで彼女の生き方そのものを象徴しているかのようでした。


誰もが居心地良く、その人としていられることが「自由」

「誰もがその人らしく、そこにいるか?」

トーベは、これを自分の大切な「自由の物差し」として、考えていたようでした。

そしてその自由さは、自分だけではなく「ほかの人にもそうであってほしい」と、願っていました。映画でも、彼女が心を砕き悩んでいたことは、まさにそのこと。「自分の”自由”ために、相手が”不自由”な思いをしていないか」ということなのです。

誰もが自分のままで、そこにいることができる心地よさ。そういう風に「自分自身であることへの自由と尊厳はみんなのものである」と、トーベはそう考えていたようです。


おそらく、そんな理想のコミュニティを表現したのが「ムーミン」の世界なのでしょう。

トーベの描く「ムーミン」作品には、見た目もちがえば性格もバラバラ、おかしなクセやこだわりを持つユニークなキャラクターがたくさん出てきます。それぞれ良いところと悪いところがある。

でも、たとえ「臆病さ」とか「理屈屋」といった一見ネガティブな側面も、仲間の中ではうまく活かされて、なぜか問題が解決してしまう。

ムーミンの物語にある「エシカル」とは、多様な者が自然に存在しあうことです。多様性を認め合い、生かし合う──そんな共存と共生の世界といえるでしょう。


トーベ・ヤンソンの言葉に秘められた「新しい家族」

トーベの最初のムーミン物語『ムーミン谷の彗星』のあとがきには、「親愛なる読者のみなさん!」で始まる、日本の読者に向けたトーベ自身のメッセージがあります。

そこには、芸術家として、そしてジェンダーに縛られず自由を求めたクィア(自身の性的指向を定めていないクエスチョニングな存在=たしかにムーミン谷の仲間たちも、どことなく性別すらクエスチョンな生き物たちですよね!)な存在として密かにトーベが求めていた、新しい家族像やコミュニティの在り方が書かれているのです。

わたしは、平和な家族を描いてきました。

だれもが、うちあけたいと思わなければ、それぞれの秘密を胸に秘めていられます。

「何時に帰るの?」とたずねる人もいなくて、夕食におくれた人は食糧室におしかければそれですみます。ひとことでいえば、だれもがおたがいを、気のとがめるような気分にさせないのです。

そしてそのことから得られる自由は、たいせつなことです。

とはいってもこの場合、どのようなやり方であるにしても、みだりにそうしてはいけないとの暗黙のやくそくはありましたし、どんなにばかげて見えたとしてもあいての面目を失わせてはいけないという、他人に対する誠実な責任もともなっていました。

家族のみんなはしばしばまぬけなことをしますが、でもそのあとで力をあわせてものごとを解決しようと努力するのです。

親愛なる日本の読者のみなさん、フィンランドにあるムーミン谷は、たぶん、あなたが思っているほどあなたのところから遠くへだたってはいないのです。

『ムーミン全集[新版]1 ムーミン谷の彗星』トーベ・ヤンソン著 下村隆 訳、講談社、 2019 p.216-217


自分の自由と相手への尊厳を思いながら、まぶしいほどに誰かを愛したトーベの姿を、ぜひ映画館でご覧になっていただければと思います。

窓 壁 外


ムーミンのキャラクター秘話と、LGBTQの今

ちなみに「ムーミン」のキャラクターは、トーベの周辺人物がモデルになっているのをご存じでしょうか。

誰が誰のモデルなのか? その秘密がわかるところも、この映画の魅力です。

実はこれは、ファンのあいだでは結構知られているところなのですが、スナフキンのモデルは、前述したトーベの長年の恋人、アトス・ヴィルタネンです。

そしていつも優しく、それでいて的確な物言いをするムーミンママのモデルは、そのままトーベの母親のシグネだといわれています。

また、嬉しいことにムーミン谷には、トーベとヴィヴィカをモデルにしたキャラクターもいるのです。誰にも理解できない二人だけの言葉を使って話す、いつも一緒のトフスランとビフスランとして登場しています。


最後に、トーベの故郷フィンランドでのLGBTQの今を少しお伝えましょう。

フィンランドでは2002年に、同性のパートナーシップ登録が認められました。法的な婚姻制度は2017年に認められるようになり、今ではパートナーシップか結婚かどちらでも選べるようになっています。

そこでは「レインボーファミリー」といい、家族構成やパートナーの性別がそれぞれの家庭で異なっているということが、ごく当たり前だと考えられています。日本では、いまだ一部の自治体で同性のパートナー登録を認めているにすぎません。

血縁や役割にしばられない自由な家族形態やコミュニティの在り方について、日本でも早急に制度の見直しと、ひとりひとりの理解が求められるところです。


2021年10月1日より全国ロードショー 『トーベ』オフィシャル・サイト


文:越水玲衣


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