香りと音の物語~ひとりの化学者が作った香階の可能性~

音楽と香りをかけ合わせて着想された「香階」を紹介します。これは香りの調合のための理論のひとつで、19世紀のイギリス人化学者ピエスが考案したものです。

棚にハーブや香りが並ぶ

「香り」は目に見えないものですが、さまざまな記憶や思い出を辿ることができたり、その人の創造性を活性化させたりする効果があります。

日常生活において、健常者は視覚による認識が圧倒的に優位と言われます。五感で得る情報の9割は視覚情報とも言われるほどです。

しかし、五感のなかでも嗅覚は、脳にダイレクトに届く情報と考えられており、危険の認識をはじめ、私たちの記憶や創造性にとって重要な役割を果たしています。

今回は、とあるイギリス人化学者が、西洋音楽と香りをかけ合わせて考案した調合の理論を紹介します。それは「香階」となづけられています。


香りの調合とは

そもそも香りの調合とはなんでしょうか?

香りの調合とはさまざまな種類の香りや香料を混ぜ合わせて香りの製品・作品にすることです。それによって、香水やハーブティー、お香、アロマテラピーのための精油ブレンドなどができます。

なかでもアロマテラピーで使用されているエッセンシャルオイル(精油)は、植物から抽出された天然の香りですが、1つの香りでも楽しむことができるだけではなく、異なる植物の香りをブレンドすることでお互いの香りの良さを引き出したり、お互いの癖の強さを均等にしてまったくちがうイメージの香りにすることができます。

アロマテラピーのブレンド方法には決まった理論や定義はありませんが、どの方法でも「相性」と「調和」と「イメージ」を大切にします。

香りの調合(ブレンド)において、この基本の3つの要素をより化学的に、そしてより良い香りの調和として活用できるものが、今回ご紹介する「香階」なのです。


ピエス氏による「香階」の考案

香階は19世紀にイギリスの化学者であるセフティマス・ピエス氏が考案したものです。

化学者でもあり調香師でもあったピエス氏は46種類の天然香料を自然音階にならって音階のように並べ、『香りと芸術』という著書で発表しました。

* 音階とは「ドレミファソラシド」のような音の組み合わせと並び方のこと。地域や時代ごとに、いろいろな音階があるが、ここでは近現代の西洋音楽において基本となっているドレミの音階を指す。

香り立ちのことを「ノート(香調)」と呼びます。これは香りの分類学の中のうちの一つで、香りの揮発速度や香りの成分によって分類が決まります。香りの分類学は数多くの視点や見解からの分類があり、どれも正しくそしてどれも香りをブレンドする際に重要です。

ピエスは香りの揮発速度を自然音階に重ね、香りの調和ができるものを「香階」として表現しました。


上記の表にならうと、たとえば「ドミソ」の香りを調和する場合は、ローズ・ミモザ・ネロリをブレンドすると香りの調和ができるということになります。ほかの和音も、同様に美しい香りの調和を作ります。

ちなみに、筆者はピエス氏の香階を追求しているうちに、イタリアの調香師がオペラの音楽を元に似たような理論を考案していたことを発見しました。若干のちがいはあるものの、こうした歴史の背景を見ていくと、音と香りの相性の良さを再認識できます。ピエス氏の香階はそのよい例になっています。


香階を現代で活用できる可能性

時を現代に戻し、この香階の理論を参考にしてみると、香りのブレンド(調合)の選択肢が増えてより豊かになり、そしてアロマテラピーへの視野がより広くなって、いっそう香りの効果を感じることができます。

香階を現代で活用できる可能性としては、

1.香りの調和を目的としたもの

・オリジナルの香水
・アロマキャンドル・石鹸

2.植物や花で調和を表現できるもの

・生け花・フラワーアレンジメント・スワッグ
・料理・スイーツ

があります。

1のパターンは香階でエッセンシャルオイルをブレンドして香りを楽しむことができ、2のパターンは香階を花の香りや色味で組み合わせをすることができます。

また、日本では音楽療法が認知されはじめてますが、社会福祉の中で香階を応用すれば高度なセラピーを行える可能性もあるでしょう。この点、ピエス氏の時代よりも現代の方がより活用・実現の可能性が豊かに存在するともいえます。


香階は芸術療法の中のひとつ

香階の理論を作ったピエス氏は、最終的には「香階のオルガン」(Perfume Organ)という楽器を完成させることを目的にしていました。物理的に鍵盤で奏でる音楽が、そのまま香りを調合して放つように構想していたのです。

それを踏まえると、「香階」の理論は香りと音楽の芸術性と、癒しの可能性を兼ね備えたものなのです。

コロナ禍の時代に入ってから、今までとはちがうストレスや不安を感じることが多くなりました。

そんななか、この先の未来に香階をアロマテラピーに活用することで音と香りの新しい癒しの空間が作られることを願います。


参考文献
『アーユルヴェーダとアロマテラピー』ライト・ミラー、ブライアン・ミラー、上馬場和夫(監訳)、フレグランスジャーナル社、2001
『日本ガーデンセラピー協会 ガーデンセラピーコーディネーター』(資格受験用のテキスト)


文:うのか


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