今回は、コロナ下(特に2回目の緊急事態宣言)で苦境に立たされた飲食業の厳しい現状を伺い、中規模の会社が、どのような手段と心意気で戦っているかを取材しました。
取材日:2021年1月20日
取材したのは、町田市(東京)や相模原市(神奈川県)の「武相(ぶそう)」エリアにお店を展開する飲食業、株式会社キープ・ウィルダイニング(以下、KWD)の経営陣おふたりです。
以下、KWDの保志真人(ほし まさと)社長と保志智洋(ほし ともひろ)副社長のふたりへのインタビューになっています。なお本記事は【前編】であり、【後編】では現場の店舗の声を届けます。
厳しい現状と飲食業の転換期
──インタビュアー(木村):株式会社キープ・ウィルダイニングさんは創業17年、武相エリアに40店舗近く飲食店を運営しています。貴社の特徴はどこにあるでしょうか?
保志真人(社長):地域に根ざしていることです。多くのブランドを武相エリアに集中して展開しています。そこが他社さんと大きくちがいます。
保志智洋(副社長):「マルチブランドを地域ドミナントで展開」している会社だと、他社さんからも見られていると思います。
* KWDのブランドには、レストランの「STRI」「ダンチキンダン」、カフェの「44APARTMENT」(アパートメント)「CAFE KATSUO」(カフェ・カツオ)、居酒屋の「焼鳥 炎家」、和食の「獅子丸」などが多くあり、1ブランドで複数店舗を展開することもある。
けたはずれのインパクトを持つ、コロナ禍と緊急事態宣言
──いま、2回目の緊急事態宣言(2021年1月8日〜2月7日)で、貴社や飲食業全体はどのような状況ですか。
保志真人:非常に厳しいです。売上ベースで7割前後です。外食はもともと売上が10%減っても厳しいのです。その状況が一年近く続いています。
2回目の宣言では、商業施設や娯楽施設などほとんど開店しており、飲食業に焦点を当てた強い規制が集中しています。「会食」そのものの否定の風潮もありますので創業以来、今までで断トツに強い向かい風が吹いている、と感じます。
ただ、財務はかなり計画的に手厚くやってきていましたので会社がいきなり危ないという事態には至っていません。
保志智洋:気になるのは、今後の外食の事業構造がどうなるのかわからないということです。
コロナが収束しても、ウイルス全般に対する意識が変わる可能性があります。そのために、大人数での宴会はしなくなるとか、換気の悪いお店は嫌われるといったこともありえます。コロナ後も、ご年配の方はさまざまな感染症を気にされるかもしれません。
またテイクアウトやデリバリーが重視されるようになって食文化が変わっていくのではないでしょうか。逆に言えば、業界全体の進化が起こるタイミングとして重要だなと認識しています。
政策の現状、人々のライフスタイルの変化
──政府の対策や、ライフスタイルの変化をどう受け止めていますか。
保志真人:昨年は、1事業者に対しての協力金(時短営業の要請など、行政の制限に協力することで給付されるお金)がメインの支給となっており、「事業者」単位で数えられてしまうと、うちのように40店舗経営しているところですと賄えず、正直厳しいのが現実でした。
* 1事業者で1店舗を経営していても、40店舗を経営していても支給額が変わらないため。
2回目の時短要請の協力金は「1店舗あたり」でカウントされたので、まだ有難かったです。
ただ、とにかく制度や要請の内容が変わったり、給付金の出しかたもまちまちだったりと、政策による支援はかなり混乱している様子で、我々も計算が立たず計画を大変しづらいと感じます。情報が正確ではない(後から変更されるなど)こともあり全体にかなり錯綜しています。もちろん、日本全体が混乱しているから仕方ない事だと理解しています。
それから、山手線の内側で展開するような都心型モデルで展開されている方々は、もっときついと聞きます。場所や規模のちがいはあれ、本当に外食業界は全体的にかつてない危機だと感じます。
社内に向けての意識とインセンティブ
──いま社内で抱えている大きな課題はなんでしょうか。
保志真人:とにかく「危機を乗り切る」に尽きます。大事なのはモチベーションを切らさないことです。そのためにも、動きを止めない。これに尽きます。お客様が来ないとスタッフ達も必然的に意欲を維持しにくくなります。
だから、外販をやる、特設のマルシェで野菜や惣菜を売る、店先でテイクアウトのお弁当を売るなど手を打っています。とにかく動く事だと思っています。
* 外販(がいはん)……通販や催事、店舗前の仮設テーブルなどで自社の商品を売ること。
* マルシェ……フランス語で「市場」。KWDでは自店舗の前で仕入先の野菜を売るなど、試みている。その後、常設のマルシェも開店している。
保志智洋:課題とは逆の話になりますが、この時期を経て社内は「一致団結」していると感じます。離職者もいませんし、緊急事態宣言も2回目では非常に「統率できている」感じが強いです。現場と本社オフィス、現場のスタッフ同士もよく連携できているのではないでしょうか。
* なお、KWDの社員は約200名。アルバイトを入れると約700名。
「ありえない」インセンティブを出す
──コロナ禍下で「インセンティブ」(報奨金)を支給する制度を導入したと伺っています。
保志真人:インセンティブ(報奨金)はコロナ前より開始しており、非常に活気づいていました。しかし、1回目の緊急事態宣言(東京と神奈川では2020年4月7日〜5月25日)での状況下においては武相エリアでもかなり多くの飲食業が閉じてしまったし、飲食店以外も営業をやめるところが多かったので、弊社もインセンティブどころではなく、制度を中止せざるを得ませんでした。
ただ、そんな中でも我々は、路上で他店の前に出店させてもらえないかと営業をかけたり、テイクアウトの販売を始めるなど、社員達は一丸となってあれこれとハードに動いてくれました。結果、2020年4月は売上予算比27%で、今まで見たことがないくらい低かったのですが、社員みんなで作った勲章だと私は誇りに思っています。
そんな奮闘に応える意味でも、また籠城戦ばかりでは気持ちが上がらない社員達の気持ちを考え、厳しい中ではありましたが、2020年9月から早々にインセンティブを再開しました。
具体的には「利益予算を上回った分の50%を社員に還元」で、コロナ予算に切り替えて手の届く数字目標にし再開しました。
結果、Go To Eat(イート)キャンペーンもあってインセンティブはかなり跳ね上がり、インセンティブ赤字になるくらいで(笑)、9~12月には店長や料理長たちの報酬はかなりあがりました。また一般社員達も予算を越えた店舗は大入りを支給しました。
保志智洋:このインセンティブの再開や大入りには、僕でさえ驚きました。
2020年4月の緊急事態宣言下でも社長にはびっくりさせられました。周りの飲食店が次々と閉まっていくなかで、うちはどうするのかと思っていました。しかし、「怯むな。前進だ」という社長のひと言で、僕たちは腹を決められました。
あの頃、身近な人や友人からも「大丈夫?」と心配されました。ですから、インセンティブも、ふつうでは考えられない対応で驚きました。もともと大赤字の中ですから。他社さんでは減給やリストラをしていると聞いている最中です。
インセンティブ再開の発表がされたときは、社内がどよめきました。しかし、その分、意志は伝わったと感じました。もともと気持ちのある社員が多いと思うんですが、社長のあり方や経営姿勢、心意気に感じてくれたのではないか、と。
経営の軸となる考え方
──インセンティブは一つの重要な決断だったのですね。そうした経営の根幹、軸に当たる考えをもう少しお聞かせ願えますか。
保志智洋:我々は外食企業であり、今までは「お店に来ていただいたお客様を幸せにする」がテーマだったと思います。でも、今回、発想の転換がありました。
それは「おいしいものや気持ちを込めたものを作って、それをご自宅で楽しんでもらってもいいんだ」と。お店で待つのではなく、テイクアウトやデリバリーならおうちで喜んでいただけます。
そういう点で「食」を広義に捉えると、やれることはまだまだあると感じています。
* ちなみに、KWDでは2020年11月から、自社のスタッフによるデリバリーを開始した(他社のプラットフォームによらず)。
保志真人:いまは、有事ですよね。この時期の「在り方」ってとても大事だと思っています。私たち経営陣・リーダーたちがどう振る舞うかを社員や地域の方々は見ていると思うんです。ふだん言っている事は本当に本音なのか。人の本性は危機の時に出ますので。平時は「社員が大事」「地域が大事」と言っておいて、いざとなったら真逆のアクションを起こす。そんな恥ずかしい真似、絶対にできません。「企業として」の前に「人として」です。そこは変えずに今後も行く覚悟です。
それにコロナ禍は必ず収まるものだと思っています。そこに向けてしっかり、いまをやり抜く。この時期に休んでしまうのと、お店を動かしていたのでは、将来的に基礎体力や戦闘力がちがってくるはずです。いまこそ力をつける時と考え、みんなでいいお店を作る。それしかないでしょう。
いいお店さえ作っていれば、コロナ後にお客様は戻って来てくれると信じています。その時、(よい意味での)「反動」も大きいと信じています。お客様は外食したがっている気持ちは強いと思うのです。
だから、晴れて外食をされた時の感動はとても大きいはずで、この外食業の価値やフェイスtoフェイスで会える事に感動してくださるはずです。そして、どっとお客様が戻って来てくださったら、僕らも感動して泣いてしまうでしょうね(笑)。普通に営業が出る、満席になるだけで大感動してしまいそうです。
そういう意味では、これからいっぱい感動できることが増えていくと思っています。そこにワクワクしながらも、今は耐えつつ、意志変わらずにやっていこうと思っています。
一人ひとりのパワーアップとサバイバルする力
──コロナ禍も約一年です。振り返って、経営や働くことについての考えを伺えますか。
保志智洋:すごくパワーアップできた、と感じています。経営者としても、社会人としても高められたと思います。前進し続けたのがよかったですね。
社員や同僚にも言うのですが、大震災や戦争など、なにかはわからないけれど危機は10年に1回か2回は起こると思うのです。個々の人生でも、経営でも。それが来るのは不可避だと感じるので、あとは「じゃあ、どうやって乗り越えられるか」。その山越えの力を高めるしかないですね。
まだ道半ばですけれど、今、社員と一丸になれているところに大きな成長の実感があります。
保志真人:試されたのは、サバイバルする力です。僕たち(経営者の保志兄弟)だけでなく、社員も含めてそうだと思います。
こういう時こそ、良い人に出会えるのではないかと思い、現在、中途採用面接を精力的に行っているのですが、沢山の方を面接している中で、当人の実力、キャリア、ふさわしい報酬について、いろいろと現実的に思うところが出てきます。
やはり、本人が力を持っていないと、自分の望む道を選び、自分の生きたいように生きていけない。うちの社員達が仮に会社を飛び出しても、自分の人生を生きたいように生きていく上で本当にその実力はつけられているのか?そこに疑問は持ちました。
他人ばかりでなく、僕自身もそうだと自覚します。コロナ前までは正直、僕はもう「安泰かな」と少し思っていたんですよ(笑)。あとは、僕や会社を育ててくれた街に貢献しながら、ゆっくり店づくり、街づくりに携わりたいと考えてもいました。でも、また戦国時代に逆戻りした感覚ですね。剣を抜いて戦う、というのか、自分も本気で試されるわけです。
さらに、仮に僕が今、会社の外に出てたら、どこかに採用してもらえるのか、収入はいくらになるかな、とか、そういう風に考えるとリアルなサバイバル能力を問われますよね。
会社の内部には、いろいろなリソースがありますが、外にぽーんと出たら身一つです。世の中の会社が必ずしも存続しない現実を前にして、個人的な力を追求してないと、生きたいように生きられなくなってしまう。
そういう意味で、社員にも「いいね、いいね」と称賛で育てるのではいけないと感じています。「結果を作る」「やると言い切ったことはやるまで見届ける」といった要求をすることも、会社の役割だと感じています。要求するレベルの高さを上げることも必要ですね。
また、社内からの独立も推進していきます。独立すると初めて色々なものが「自分ごと」になる。もの、経費、自分の時間の使い方など。それは会社にいるとどうしても甘くなりがちでしょう。しかし、自分ごとだと「コストに合わないんじゃないか」という生産性の感覚も身につきます。
その点、フリーランスの人達は、見ていてすごいと思います。特に個人の方々。仕事をとれなければ収入はないわけだから。例えが変かもしれないけれど、いつも狩りをしているような感じでしょう。野生の動物のように。それは過酷だけど、そこには躍動感が生まれますよね。
今回のコロナ禍を受けて、会社の中にいるビジネスパーソンにも野生や躍動が必要だ、という気がしました。去年までは「いい会社を作ろう」とずっと思っていましたが、そのあたりのストイックさが弱かったかなと反省もしています。
未来をみつめる、未来を描く
──今後の見通しやヴィジョンを伺えますか。
保志真人:僕は、来年(2022年)の春にはコロナは収束するのでは、と予測しています。今が一番苦しい時期、山場という認識です。今年(2021年)の夏から収束に向かってくれるといいですね。いずれにせよ、終わりがあるものです。収束後の社会状況についても、たしかにネガティブな話は多いですが、収束したなら「お店が開けられる」ということ、正常な商売ができるということ、それだけで喜べると思います。
17年経営をしてきましたが、これだけ底を見るということもなかなかないです。これまでもいろいろなことに悩んで来ましたが、今思うと、なにを悩んでたのか、と不思議になるくらいです(笑)。
そういう意味で今回はハードだとは思うけれど、これを越えれば、次になにかがあっても、今回を思い返して大丈夫だと思えるでしょう。だから、もっと強くなりたいです。いえ、必ず強くなると決めています。
保志智洋:飲食業界は、この1年「早送り」をしてきたような感覚です。10年分が過ぎたくらいのスピード感で進んだのではないでしょうか。固定概念も変わりました。
ただし、丁寧に対応し、今まで大切にしてきたものを大切にしていけば、乗り切れると、飲食業界全体に対して、僕は希望を持っています。
17年前の創業期、うちは力強くスピード感を持って経営、仕事をしていました。それが大資本に勝てる小さいお店の良さです。そこから、ある程度規模が出て来ると、経営の仕方も変わります。そこでどういう組織を目指すか。
今回、気づけたのは「自立型の組織でありたい」ということ。たとえば、社内独立をして自分ごととして戦うメンバーがいる、または社内でプロフェッショナルとしての自覚を持ち、自立して力をつけていくメンバーがいる。会社に守ってもらう、という意識ではなく、ですね。自分の力で会社や仲間に貢献していく。そういう組織に変わっていけると感じています。
だから、5年後がすごく楽しみです。たとえば、うまくいっている独立メンバーといっしょに飲む酒はすごくうまいだろうな、とか、プロフェッショナリズムを持ち、職務に燃えているメンバーと仕事することも楽しみです。
創業以来、いつもそうやって未来を描いてきました。そして、それに近い形を作れて来たと思います。きっと、今回も5年後は一皮むけて成長できているのではないかと、その時が楽しみです。
保志真人:──最後に、やはり今回の事でとにかく、地元の方々に本当に沢山心配して頂き、応援頂き、声をかけて頂き、SNSでの様々な有難い言葉に涙がでる思いでした。この想いに絶対にお応えしなければならないと思っています。もしかしたら初めて本当の意味で、この地域の方々の幸せに貢献したいと心から思えているのかもしれません。この有事を乗り越え、地域の方々の豊かさと幸せに、本気で貢献できる企業を改めて目指していきます。
取材/文:木村洋平
写真:佐藤淳
画像提供:株式会社キープ・ウィルダイニング
* 撮影時のみマスクを外した写真があります。
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