【対談】日本発、世界に挑むエシカル戦略(エシカルピックス!)

佐々木さん左奥と塩野さん写真提供NewsPicks

佐々木:設計を変えることで、対応できるということですよね。ESGやSDGsでは、いいことをするのが経済的なメリットにもつながるという、社会的な合理性が生まれているわけですよね。

塩野:そうですね。ESGのよいところは、一番パワフルなひとたち、つまり食物連鎖で一番強いと言える機関投資家たちがESGを促せば、テックカンパニーやビッグオイルカンパニーでも言うこと聞くところです。それはよいアプローチですね。

佐々木:「エシカル」についても「エシカル資本主義」といった言葉をマルクス・ガブリエル(*ドイツの哲学者)が言い始めているじゃないですか。そういう風に、エシカルが資本主義に埋め込まれてきている点は、いい流れが生まれていると感じます。ただ、そういう流れを、トランプを支持するような層は信じていないでしょうね。

塩野:そこは食物連鎖のピラミッドを考える時、規制者(レギュレーター)がどうがんばるかという問題でしょう。たとえば、EU委員会はあらゆるやりすぎに対抗します。GAFA規制も真っ先にやりました。そこのバランスをどう保つかなんですよね。バランスが取れなくなると、たぶん資本主義の持続性がなくなってしまう。

ただ、それに対して2020年のコロナ禍で突きつけられたのは、本当にバランスを保とうとした時に「民主主義でよいのか?」という問いです。やっぱりコロナ禍において、独裁的・権威主義的国家の方がうまく対応できているのではないか、と。ここに西側の民主主義の自信喪失があります。そこはアップデートが必要であり、アップデートする時にポイントとなるのが、個人・企業・政府の協調をどう作るかです。

これをマーケティングと捉えると、北欧諸国は「うまくやっている風」に見せて、国としていい感じのアジェンダ(国際的な議題)を設定することで、国家間におけるパワーを持とうとしています。日本もそういうことを狙って、本当にうまくいったら素晴らしいモデルケースになるはずです。なぜなら、もともとの経済規模が大きいからです。

佐々木:そうですね。しかも、日本はこういう考え方と相性がいいですよね。思想的なカリスマとして語ってくれる日本人が出てこないですかね。

塩野:佐々木さんも私も NewsPicks でいろんな起業家やソートリーダー(目立つ思想家)を見ていますよね。それで感じるのは、現実問題として、経済的にも成功して、ひととしても品があって、実際に社会的にもよい影響を与えている、といった三拍子が揃われないとけっこう足を引っ張られますよね。


──木村:「足を引っ張られる」というのはどういうことでしょう?

塩野:インターネットでなんでも言えてしまうので、なにかしら批判されてしまうということです。「いいことしていても、稼いでないじゃん」。「稼いでも、いいことしてないじゃん」「影響力あるけど、品がないよね」など。そこは難しいです。

一方で、「ライフスタイルとして憧れる」という打ち出し方をするのもよいと思います。たとえば、古民家に住んで、毎日少しずつリノベーションをして、丁寧な暮らしをしているひとが、インスタやYouTubeを通じて見えやすくなりました。その意味では、みんなが「よいな」と思うライフスタイルはひとつではなくなり、多様化は進んでいると思います。

その多様性を作るパワーは大事で、制度設計によって大きく変わります。たとえば、ふるさと納税なんてパワーあるじゃないですか(笑)。

佐々木:やっぱり国家が動くとちがいますよね。

塩野:ふるさと納税のおかげで、いろんな郷土の名産品がそうとう広く知られましたよね。名産品を訴求するインセンティブ設計としてはすごくよくできている。


佐々木:たとえば、再生可能エネルギーもインセンティブ設計でまったく変わりますよね。統計でも、世界の2/3の国では再生可能エネルギーがコストの面で一番安い状況になっているそうなんですよ。しかし、小泉環境相と話していても、日本では「再生可能エネルギーは高い」という思い込みが非常に強いそうです。そのために、需要サイドから「再生可能エネルギーを使いたい」という流れが生まれないと。だから、制度を変えるのとイメージを変えるのと、二段構えなんでしょうね。それで、イメージのところは、再生可能エネルギーを使っている会社はかっこいいとか、それを使っている個人がかっこいいといった倫理観が生まれるといいと思います。僕は「倫理」には「かっこいい」が含まれると思うんです。そこを変えていけるか、ということでしょう。

塩野:その論理は、企業の「組織内改革」もいっしょです。組織内改革も、始まりは小さくて、だけど「あいつらうまくやっているぞ」というイメージが伝播していくしかない。最初に大きな仕組みでどーんとやればよさそうに思えますが、結局は小さくはじまった「あのひとたちうまくやっているぞ」の方が強かったりするんですよね。

佐々木:その小さな動きが、メディアを通じて大きな雰囲気作りになると、変わりますよね。まずは「ファッション」でよいので、そこから本質になっていきますものね。

塩野:そうですね。私は「ファッションから本質へ」というのをまったく否定しないですね。ここ数年、新卒就活において「いいことしている会社に入りたいです」というのがめちゃくちゃ増えましたよね。

──木村:いまは「エシカル就活」と言われたりもしますね。

塩野:そんな言葉があるんですか(笑)。

佐々木:エシカル企業ランキングってないんでしょうか?

──木村:日本の、ということですと私はよく知りません。

塩野:エシカル消費の評価サイトならば、海外ではいっぱいありますよ。製品はなに由来か、天然の素材なのか、どの企業から買うのがよいか、といった情報を公開するNPOや組織があります。そこはまさに「アジェンダ・セッティング」であって、指標はどんどん作るものなんですよ。

佐々木:日本人はランキングを見るのは好きですよね。

塩野:そうなんですよ。そのあたり不思議ですよね。たとえば、THE(ティー・エイチ・イー)世界大学ランキングというのがありますが、それはどういう指標で計測しているの?ということはみんな思っています。研究費にウェイトを置いたら結果は一気に変わってしまいます。「だって研究費で勝負したら、日本はないから」と(笑)。とはいえ、ランキングが出れば、一喜一憂します。そういうところで、日本は「概念」や「自分で作った指標」を提示するのはかなり下手だと感じます。


佐々木:いまの話は面白いですね。小泉さんと話していて、いま「CEダボス」(サーキュラー・エコノミー・ダボス)というのをワールド・エコノミック・フォーラム(* 世界経済フォーラム。年次総会であるダボス会議を主催)と組んで開催しようとしているのですって。第二のダボス会議のように、継続的に日本でやる枠組みを作れないかと模索しています。小泉さんはそういう仕組み作り、ブランディングは上手ですね。そこで、たとえばワールド・エコノミック・フォーラムと組んで指標を作れたらインパクトがある。塩野さんがおっしゃっているのはそういうことですよね。

塩野:ものすごくよいアイデアですね。今度の本(『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』)にも書いたことですが、私がいま大事だと考えているのは、アジェンダ・セッティングとルール・メイキングです。世界第三の経済大国なのに、これだけなにも主張しない国もめずらしいのではないか、と。

佐々木:そうですね(笑)。しかも、環境の話は中国とアメリカがともに弱いところなので、日本が世界に提案するとすれば、狙いやすい領域ではありますよね。

塩野:そうだと思います。さきほどの「古来の考え方」がもともとあるので、国内向けでいえば、いきなり西洋の理論で説得するより、土着の観点から言い始める方が肌身に感じられるかもしれません。

いずれにせよ、自分ごとにならないと動かないですよね。自分ごとの究極がコロナです。自分ごとでなければ、ずっと家にいないですよ(笑)。しかも、久しぶりのグローバル・アジェンダです。

佐々木:そこでいま、グローバルなプラットフォームを作ろうとしている小泉さんはセンスがよいと思います。


塩野:あとは実務ですよね。アジェンダ・セッティングの強度でいうと、内容は置くとして、グレタ・トゥンベリ氏ですよ。国連で “How dare you?”(「よくもそんなことを」)って言うんですよ。想像してみてほしいのですが、あれを日本の女子高生がやったら本当に大事件ですよ(笑)。

では、なぜそれを日本人ができないのか。グレタさんの場合、発言の内容に問題はあるとしても、スウェーデンの大臣や教育者の一部は彼女をサポートしたんですよね。その効果は大きいです。仮に広告代理店に行って広告料金に換算したら、すごい数字になるのじゃないですか。

佐々木:『ポスト平成のキャリア戦略』の次の本は、『ポスト平成のエシカル戦略』ですね(笑)。でも、そのくらい日本にとって喫緊のテーマになっていますね。

塩野:そうですね。こういう国家間の競争が激しくなってきている時代、米中テクノロジー摩擦もそうですが、日本はその間に置かれて右往左往してしまっています。だから、いま日本に大義は必要なんですよ。じゃあ、西欧社会にも、中国のような社会にも「それは大切だよね」と受け入れられる大義はなにかというと、一番上に「環境」が来るんですよね。もう如実に困っているので。それ以外では、たとえば「人権」だと各国政府で捉え方にちがいが生まれてしまいます。そんななか、「環境」は大義に向いています。

佐々木:しかも、あんまり抽象的でないだけに、具体的な話が好きな日本人にも合う気はします。

塩野:サステナビリティに含まれる「綺麗な水」であれば、それは生き物としての根幹にかかわるので、否定しにくいですよね。しかも、綺麗な水を安価に人工的に作り出すとなると、いまの時点では難しい。

佐々木:日本らしいですね。「これ、行けるかも」と思えます。

塩野:生物多様性がある日本の綺麗な湖沼や河川は、世界に対しても「いばれる」ところです。


佐々木:そのうえ、工業化を乗り越えていますね。私の育った北九州の小倉には、紫川という一級河川があります。私が子供の頃はだいぶ汚かったのですけれど、改善されて、いまはすごく綺麗で緑にもあふれています。そういう話は、日本には至るところにあると思うのですよね。

塩野:それ、ものすごくいいですね。「一回ダメだったけれど復活した」というストーリーがあり、その経験のなかにはひとびとのがんばりとテクノロジーの両方がありますから。

佐々木:塩野さんのように「なにが世界にウケるのか」について肌感覚のあるひとが、日本をもう一回プロデュースするといいかもしれませんね。

塩野:でも、私ではなくとも、日本のいろいろな要素を、幻想も含めて好きだというひとたちの憧れやエネルギーはすごいと思います。私はよく言うのですけれど、日本って「ほどよくミステリアス」なんですよ。どうやら「料理が世界一うまいらしい」「でもテクノロジー国家らしい」「さらに古いものも大事にするらしい」となると、謎じゃないですか(笑)。

佐々木:ジョセフ・ナイは「ハードパワー」「ソフトパワー」と言いましたが、そこに「エシカルパワー」が加わってもよいですね。ソフトパワーの一部かもしれませんけれど。

塩野:ソフトパワーの一部ですね。ただ、ソフトパワーはよく「ほだされパワー」とも言うのですけれど、エシカルは「ほだされる」という感じではないかもしれません。「終末時計」で表されるように地球が破滅するまであとわずかだ、と言われる状況では「ほだす」よりもリーダーシップが必要ですね。

佐々木:小泉さんや菅さん(菅首相)、塩野さんにも動いてほしいと思いますが、やはり女性に出てほしいですね。おじさんばっかりではだめですよね。

塩野:それは絶対そうですよ。

佐々木:最近、反省しているのは、NewsPicks はSDGsにもっと早くから取り組んでおけばよかったな、と。環境分野では女性からのコメントがとても多いです。

これから NewsPicks でも、エシカルやサステナビリティ、環境について発信したいですね。その発信も、生活から民間企業、政府までさまざまなレイヤーを通じて、やはりダイバーシティを高めることが大切だと感じます。経済中心で考える弱肉強食の世界だと、男性が強くなりがちですし、既存のパワーを持っているひとが強くなってしまう。それだと、スターが生まれにくいですね。経済中心とはべつの軸で、いい意味で競争する分野として、エシカルやサステナビリティがあるとよいですね。そして、そういう軸を対立させず、融合させていけたらよいと感じました。


──木村:本日は本当にありがとうございました。



塩野さんと佐々木さんの対談はやわらかい雰囲気で進みました。塩野さんは教養を散りばめながら、ものごととほどよい距離を置いてにこやかに話されます。話し方もゆっくりで、言葉使いが丁寧であるのが印象的でした。佐々木さんはコロナを受けてますますご多忙ななか、穏やかでこだわりのない調子で、話題の跳躍と「引き出す質問」を使い分けて、自由自在な運びを見せてくださいました。お二人の静かな躍動が「エシカルな価値観」を元気づけてくれた時間だったと感じます。


文:木村洋平
写真提供:NewsPicks


プロフィール:塩野誠(しおの まこと)

経営共創基盤 共同経営者/マネージングディレクター、JBIC IG Partners CIO、NewsPicks 社外取締役 。著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』がある。


プロフィール:佐々木紀彦(ささき のりひこ)

1979年福岡県生まれ。NewsPicks Studios CEO、NewsPicks NewSchool校長。著書に『日本3.0』『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』がある。最新著に『編集思考』。


新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』塩野誠(NewsPicksパブリッシング, 2020)

グローバルにつながった世界を生きるビジネスパーソンの新しい教養。ニュースではわからない、今起きている事件の「本質」を「国際政治×テクノロジー×ビジネス」の歴史的視点で読み解く。

冷戦時代のインターネット誕生から米国ITバブル、日本メーカーの栄枯盛衰、GAFAの勃興、デジタルプラットフォーマーと国家の戦いまで、各国の現場に立ってきた著者が国際政治の視点で技術覇権を読み解く、日本ではこれまで語られなかったデジタルテクノロジーの物語。

塩野さん佐々木さんそれぞれの新刊


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