ひとは自分の人生を物語のなかで考えることができます。今回は、「非行」の親の会でのケーススタディも参考にしながら、自分の人生を託す「物語」に広がりをもたせることの重要性を考えます。
* この記事は、心理学の研究者 北村篤司さん(昭和音楽大学短期大学部)よりご寄稿いただきました。(編集部・注)
物語と自分の人生
ひとは、物語を通して自分の人生を生きていると言われることがあります。
もし今、「あなたはどんな人生を過ごしてきたか教えてください」と言われたら、どんなことを話すでしょうか。
おそらく、生まれてから今に至るまでに起こったことすべてを思い出し、話そうとするひとはいないでしょう。自分にとって印象深い大切な出来事や、それがどんな意味をもつか、今の自分にどうつながっているのか、などを話すことが多いのではないでしょうか。
私たちは、単純に生じた出来事すべてを足し合わせたものとしての人生を生きているのではなく、日々生じるさまざまな出来事を結びつけ、意味づけながら人生を生きていると考えられています。
学問的には、物語は「2つ以上の出来事をむすびつけて筋立てる行為」と捉えられるのですが 、私たちは日々「むすびつけて筋立てる」ことを行い、自分の人生という物語を作りながら生きていると言えます。
同時に、その物語によって、私たちが体験する出来事の意味や捉え方も変わってきます。
自分が生きている物語は、普段は意識していないことが多いですが、たとえば、これまでの物語に取り入れることが難しいような出来事に遭遇したときには、自分の物語を自覚し、変化させていく必要が生じることもあります。
「非行」と向き合う親たちの会における物語の変化
そのような物語の変化の例として、筆者がかかわらせていただいている子どもの「非行」と向き合う親たちの会のことを紹介します。
この会は、「同じ悩みを持った親同士、お互いに手をつないで、支え合い、励まし合い、学び合いたい」という親の願いから生まれ、当事者である親たちが中心となって活動しています 。
子どもが「非行」に走ったとき、親はどのような体験をするでしょうか。
会のなかでは、参加者一人ひとりが子どもが「非行」に走った体験を本音で語り合います。「深夜に家を出ていく子どもを止められない」「親としてどう行動したらいいかわからなくなった」「自分を責めてしまう」といったさまざまなつらい思い、不安な気持ちなどが語られます。
しかし、会の中で自分の体験を話し、他の参加者の体験を聴くことを続けていくうちに、語りが少しずつ変化していきます。
たとえば、「荒れている子ども自身も苦しんでいることに気づいた」「親として非行を止めなければと必死で子どもを追い詰めていたかもしれない」など、子どもの状態や自分自身の言動を振り返り、捉え直すような語りが展開されます。
これは、状況を捉える視点や意味づけが広がり、子どもや自分自身に関する物語が変化していくプロセスと考えられます。こうした変化によって、すぐに子どもの問題が落ち着くとはかぎりませんが、子どもとのかかわりや関係性がよい方向に変化していくことが多く見られます 。
物語を広げていくために大切なこと
このような物語の変化が生じるために必要なのはどのようなことでしょうか。まず大切なのは、自分の気持ちや体験を率直に語り、共有できる場や関係性です。
子どもが「非行」に走ったとき、親は周囲から批判されたり、非難を浴びたりする立場にあります。「親の子育てが悪い」というような目で見られる場では、自分の正直な気持ちに気づき、それを話すことは困難です。
しかし、同じような苦労を抱えているひとたちと、否定されることなくそれぞれの物語を共有できる場があることで、お互いの語りに触発されてさまざまな気づきが生まれ、物語が広がっていくと考えられます。
また、もう一つ大切だと思われるのは、一人ひとりの物語の差異や多様性が認められることです。一つの「正しい答え」「正しい物語」があるとされてしまうと、自分自身の体験に沿った物語を新たに作っていくことは難しくなります。
たとえば、社会の中では、「『非行』は早く止めなければいけない」と考えられることが多いと思いますが、その物語に従って行動しても状況が悪化し、苦しくなってしまうときには、ちがう物語の可能性を探していくことが必要になります。
おわりに
今回、「非行」と向き合う親たちの会のことを紹介しましたが、自分の物語を広げていくことは、人生のいろいろな場面で重要になると考えられます。
そこでは、自分がそれまで「当たり前」「常識」だと思っていたことを疑ったり、意識していなかった自分の価値観や囚われに気づいたりすることが必要になります。自分のなかに存在し、支配的だった物語に気づくなかで、ちがう物語の可能性が生まれ、より豊かな生き方を選択できる可能性が広がると思います。
社会においても、一つの物語が支配的である状態よりも、多様な物語が存在し、その価値が認められる方が豊かな交流が起こり、さまざまなバックグラウンドを持つひとが共存しやすいのではないでしょうか。
そのような社会を作っていくためにも、安心して語り合い、それぞれの物語を分かち合える場が大切になっていくと思います。
* やまだようこ(2000)『人生を物語ることの意味―ライフストーリーの心理学』やまだようこ編著 人生を物語る ミネルヴァ書房 1-38頁
「非行」と向き合う親たちの会(2006)『非行―親・教師・調査官が語る子どもたちの「いま」』新科学出版社
北村篤司(2018)『語りが生まれ、拡がるところ―「非行」と向き合う親たちのセルフヘルプ・グループの実践と機能』新科学出版社
文:北村篤司
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