人間と宗教と音の原初の関係を求めて──中世ヨーロッパの音楽を響かせる(音楽家 中村会子さん)

「音庭古楽」を主宰し、札幌と東京でコンサートをするフリーランスの音楽家 中村会子さんに来歴と活動について伺いました。

中村さん

取材日:2022年4月24日

中村会子さんはフリーランスの音楽家として「音庭古楽」(おとにわこがく)を主宰し、札幌と東京を中心に中世ヨーロッパの音楽を歌い、奏でています。

今回は、中村さんが音楽家になろうと思ったきっかけと子供時代、そして「原初の音楽」に立ち戻ろうとする現在の活動について伺いました。

不登校や日本社会に馴染みづらい経験を経ながらも、自分の道を切り拓き続けるエシカルな生き方が見えます。


──インタビュアー(木村):現在のご活動はどのようなものですか。

中村会子さん:中世ヨーロッパの歌曲をレパートリーとしてコンサートを年間20回ほど開いています。私自身は歌を歌いながら、ハープやプサルテリウムといった楽器を演奏します。


──中世ヨーロッパの音楽をメインに活動される方は、日本ではめずらしいかと思います。

私が演奏するのは、8〜13世紀の単旋律音楽、メロディーラインだけが書き残されている音楽です。有名なところでは9世紀頃のグレゴリオ聖歌があります。

それから、12〜13世紀の宮廷恋愛歌も扱っています。「吟遊詩人」と呼ばれる貴族や王族、教養のある聖職者が歌った雅の歌です。ほかには、それらの美しい旋律をもとに宗教的な歌詞を付したマリア讃歌などの宗教的な世俗曲です。

* 「吟遊詩人」は、トルバドゥールやトルヴェール(フランス)、ミンネゼンガー(ドイツ)と呼ばれる、歌う詩人たちを指す。


──そういう音楽に出会ったのはいつのことですか。

10歳頃、家にタブラトゥーラという古楽器バンドのCDがありました。そのなかに13世紀の「聖母マリアの頌歌集」や中世の舞曲が含まれていました。

これが最初の出会いでした。が、その時はそれが中世ヨーロッパの音楽だとは知りませんでした。ただ聴いて「こういう音楽が好きだ」と気に入っていたのです。

タブラトゥーラは古楽器バンド。ユニークな音楽を作って演奏する。

*「聖母マリアの頌歌(しょうか)集」は、イベリア(スペインの方)の聖母マリアのカンティガスのこと。


──歌は子供の頃から好きだったのですか。

地元の小さな合唱団に入ったのが歌の最初です。歌うことがなによりも楽しく、歌っている間だけは自分が自由になれる感覚がありました。

小学4年生の時には、将来は「音楽家」になりたいと思っていました。歌はもちろん、楽器の演奏もアレンジ(編曲)も、指導もできるようになりたかったのです。そういう幅広い知識と技術を身につけるためには音大に行くしかない、と考えていました。

けれど、当時からクラシックやシャンソンの歌い方は苦手でした。ヴィブラートをかけたり、大きな声を出したりする歌い方は、私の耳には馴染みませんでした。

それで、10代の間「歌いたい歌がない」ということが悩みの種でした。


──ご自身が「中世ヨーロッパの音楽をやりたい」とはっきりわかったのはいつでしたか。

国立音大に在学していた時です。当時、私はバロックの歌曲からルネサンスの音楽へと、時代をさかのぼって勉強していました。

ある時、古楽の講習会の打ち上げで雑談をしていました。私はそこで「やりたい音楽を探しているが見つからない。好きな曲はタブラトゥーラが演奏している曲のうち、こういうもの」と話しました。

すると、たまたま隣のテーブルで私の話を聞いていた方が、「あなたの探しているのはこのジャンルではないか」とあるコンサートのチケットをプレゼントしてくれました。

それを聴きに行ったところ全部の曲が求めていた世界観でした。それは「ラウダ」という13世紀イタリアの賛美歌です。これは雷に打たれたような経験でした。

そこで、私が歌いたい歌がかなりはっきりとわかったのです。


──中村さんは、どうして中世の音楽にそれほど惹かれるのでしょう。

今から考えると、私が惹かれたのは中世ヨーロッパの音律世界の響きでした。それは「短調と長調から成り、多くの和音がある近代の西洋音楽」とは別のものです。

むしろ、中世ヨーロッパの音楽は、世界各地にある民謡や土着的な歌唱と同じ特徴を持っています。それは旋法(「モード」とも言う)を基礎とする音楽で、強いエネルギーを持つ完全な協和音やユニゾンで歌われます。リズムも一定ではありません。

何人かで、単純なリズムによらず、ユニゾンで複雑な節回しを歌うことは、高い集中力と協調性を要します。その響きは、凝縮され協和したものになります。

これはコンサートやエンターテイメントの音楽よりも、共同体の儀式や宗教的な儀礼の荘重さにつながるものです。

理論化や画一化を含みながら、人工的な発展を遂げた14世紀以降の西洋音楽が、世界を席巻している今日において、中世音楽をライブで演奏する意味があると思います。

それは世界の民族音楽に共通するルーツの部分に近づくこと、「人間と宗教と音の原初の関係」が残っている音楽を目指すことです。

中村さんが扱う楽器たち
中村さんが扱う楽器たち


──中村さんの音楽家人生は経済的、社会的には順調だったのですか。

あまりそうではなかったと思います(笑)。

中学校に入ってから、長い不登校を経験しています。納得できないことに柔軟に適応することが出来ない性格で、一律の集団行動には幼少期から抵抗がありました。家庭環境の変化もきっかけになり、心身ともに不安定になっていました。

それでも、独学でピアノの練習を続けるなど、音楽はずっと続けていました。

中学は不登校のまま卒業します。それからはフリーターとしてアルバイトをしながら、アメリカの通信制の高校に入り、二十歳の時に高校卒業資格を取りました。その間に国外で音楽を学ぶ可能性を探り、ヨーロッパにホームステイもしていました。

その後は、留学も検討したものの、国内の音大で基礎を勉強しようと考え、学費を貯めるためにまた働きました。しかし、音大の学費を全部まかなえるほどの貯金は時間がかかり、結局、奨学金を借りて音大に行きます。

しかし、音大の卒業後、奨学金を返済するために就職したところ、通勤中に交通事故に遭ってしまいます。私は後遺症を負って、退職しました。

そして、ゆっくり治療するために関東から札幌に移りました。札幌に転居したのは2011年のことですが、以来、札幌で中世の音楽について勉強し、演奏活動もしています。


──波乱万丈ですね。最近は音楽に専念できていますか。

30代後半までは、パートタイムで音楽以外の仕事も掛け持ちしていました。

しかし、2019年の夏にフランスで長期の歌唱インターンをしたことで自信をつけ、「これから1年は貯金を頼りに音楽の仕事だけで生活する」と決めました。

その後にコロナ禍が始まってライブ活動は制限されてしまうのですが、結果的には音楽を専業とするような志のある仲間とも知り合えてよかったと思います。

今は、プロのグループとして Viatger(ビアッジェール)の活動と、アマチュアの中世音楽アンサンブルの指導を中心に、ソロでの小規模なライブ活動も増やしています。関東でも一般の方向けに開催してきた、歌唱や合奏のワークショップを充実させて行こうと思います。


──新しい挑戦が始まっているのですね。

今年(2022年)は、最初のアルバムも出します。また、札幌市は文化芸術分野の助成が充実しているので、積極的に申請していこうと思っています。

私がたどりつくのに15年以上かかった中世音楽の世界にもっとアクセスしやすく、親しみやすくなる道を世の中に提供して行きたいと考えています。 


コンサート情報 2022年

8/14 中村会子 Solo Live(札幌)
10月前半 Viatger(関東)
11/12 Viatger(名古屋)
12/10 中世古楽のクリスマス(札幌)


オンライン ワークショップ

〈ヒルデガルトの聖歌を歌う〉札幌中世古楽会(中村会子 主宰)Zoomにて 毎月開催


CD「Viatger 中世古楽の旅人」(2022年11月発売予定)

Viatgerビアッジェールの3人
Viatger の3人左が中村さん©平松美樹

最新情報 & お問い合わせ:音庭古楽


取材/写真/文:木村洋平
写真:平松美樹


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