環境負荷の低いパソコン再生事業が「難民」の雇用を生む(青山明弘さん)

「エシカルなパソコン」という新しい領域を開拓されるZERO PCの代表 青山明弘さんに取材しました。環境負荷ゼロのパソコンを作り出そうと事業を立ち上げた青山さん。その背景にはずっと抱えていた「難民」への思いがありました。

ピープルポートの青山明弘さん

取材日:2020年10月7日


ZERO PCのサービス提供と環境への意識

──インタビュアー(木村):ZERO PCではどのようなサービスを提供されていますか。

青山明弘さん:私たち ZERO PC では、企業で3〜5年使われたPCを整備して再生し、販売しています。販売するPCは様々ありますが、性能と用途によって4つ価格帯に分けています(販売のページ – ZERO PC)。弊社の方針として「安価であること。新品当時の半額以下」「値段をわかりやすく」のふたつを心がけた結果です。


──「ZERO PC」という製品を一から作っているわけではないのですね。

はい、PCを再生する事業です

いま、ごみの埋立地がどんどんなくなってきています。PCのプラスチック部品は埋め立て処理をされたり、あるいは「サーマルリサイクル」という方法で、熱エネルギーとして回収されるのが一般的です。これで、たしかに体積は減らせますが、物質としてのプラスチックはそのまま捨てることになるので、やはり環境負荷は大きいですよね。

ところが、廃棄されるPCのうち、実は消耗部品を交換すればまだ使えるPCは多いのです。たとえば、ハードディスクは4,5年でダメになります。これは交換する必要があります。いま、SSD( ハードディスクより新世代の記憶装置)はずいぶん進歩していて耐久性も高いです。そこで、新品のSSDに交換します。あとは、パソコンを隅々まで確認し、バッテリーの持ちが悪かったり、キーボードに不具合があったりすれば、一つ一つ交換して対応する、という感じですね。それが「整備」です。

うちは整備がメインなのです。もともとあるものは、あるままで使う。ごみが出ないし、環境負荷も低いですから。


──「環境負荷の低減」はZERO PCの掲げる目標のひとつですね。

PCの製造は気候変動にも、世界の水不足にもかかわります。レアメタルや紛争鉱物といった天然資源も使用しますから、それらは無駄遣いを避けたいですね。

しかし、もうひとつ大きな理由があります。それは弊社で働く「難民」の従業員が、この事業を通して日本に貢献できる、という点が大切なのです。


「環境問題」に取り組む源にある「難民」への思い

──「難民」をめぐる課題について伺っていきたいです。その前に、青山さんは大学生の頃カンボジアへ行かれていますね。

大学2年生の時です。なぜカンボジアなのかと言われると、深い理由はないです。昔から思っていたのは、戦争に対するはっきりした嫌悪感があったからでした。

私が幼い頃から、祖父母がよく戦争体験の話を聞かせてくれました。父方母方がそれぞれ東京と大阪で空襲に遭いました。また、私が学童にいた頃、終戦45年を記念したイベントに行ったこともあります。保育園の時からの友人は、お母さんが被爆二世で、そのお母さんの話もよく覚えています。

そうは言っても、実際に戦争の爪痕が残る場所に行ったことはないな、と思い、元紛争地域のカンボジアに行きました。タイとの国境付近にあるカサエンという村です。そこはカンボジア内戦の最後の激戦地になったところで、日本人が運営するNGO団体が地雷撤去の活動をしていました。私も地雷原を歩いたんですよ。


──そこで、カンボジアの方にインタビューをされたのですか。

ええ、内戦の経験者に話を聞きました。彼らは元戦士たちで、当時40,50代です。戦争中は地雷を埋めていました。その子供の世代がいま、親たちの埋めた地雷を撤去しているという状況でした。

しかも、内戦中にもともと殺し合っていたポル・ポト派と政府軍の両方がその村に住んでいました。仲違いもせずに、いっしょに住んでいるのです。


──それは、外部から武装解除や調停が入って共存できるようになった、という経緯ではないのですか。

インタビューをするうちにわかったのですが、武装解除やコミュニティワーカーが入って、ということではありませんでした。

明確な分析はできませんが、共存できている理由は、「国民性」ということも大きかったのではと思います。カンボジアのひとは明るく、過去のことをうじうじ気にしない。そして、いまがよければそれでいいという国民性があるようです。それで、過去のことを水に流したようです。NGOのスタッフに聞いても、元戦士の当人たちに聞いてもそう言うのですよ。

もちろん、そればかりではなく、農作物が育ち、食べ物に困らない現状もあるかとは思います。「だから、心も穏やかになるのかな」と。生活が安定して、コミュニケーションがとれるというのはとても大事なことではないか、と考えさせられました。


ボーダレス・グループに入り、起業するまで

──カンボジア訪問とインタビュー体験が、課題意識を育むことにつながったのでしょうか。

はい。地雷撤去はJICA(国際協力機構)によるODA(開発資金援助)のプロジェクトでしたが、私が訪問した1年後にはODAがストップする状況でした。資金が届かなくなったら、支援はどうなってしまうのか? 先は見えないようでした。

この時、「支援金や寄付で現地の活動を持続させるのはきついな」と感じました。それなら、ビジネスがいいと思いました。それで在学中にソーシャルビジネスという選択肢を考え始めます。

結局、「社会問題をビジネスで解決する。」を理念として掲げる、株式会社ボーダレス・ジャパンに新卒で入社しました。2013年ですね。当時はボーダレス・グループには2社しかなかった。いまは37事業ありますね。

はじめに東京でボーダレス・ハウス事業の運営に当たり、後に台湾でのハウス立ち上げにかかわりました。また東京に戻ってから起業し、いまに至ります。


ZERO PC創業の背景にある「難民」の現状

──創業の志としては、「難民」とともに働く、というところに力点があったのでしょうか。

明確にありました。創業の目的は、「難民」という立場にいる人たちが安心して働ける場を作ろうということでした。商材やサービスはあとから決め、結局、パソコンを選び、ZERO PCを立ち上げています。事業は「パソコンありき」ではなく、むしろ逆で、「難民」の方への思いが先でした。

ZERO PCの工場で作業をする難民の社員
ZERO PCの工場


──私たちはふだん「難民」という言い方をしますが、実際には長い期間、認定を受けられない「宙ぶらりん」の状態に置かれたひとが多数いるのですよね。

難民の認定を申請中である「認定待ち」の方々が多くいます。私たちのZERO PCでも申請中の方が2人、働いています。もう1人、難民申請はしておらず日本に定住ビザをもって生活しているメンバーがいるのですが、シリア出身の者も1人います。

* 日本に避難してきた「難民」は、「難民認定申請」をその地方の「入管」(にゅうかん)に提出する。それで認定されれば、難民として在留資格が得られる。
入管は、「入国管理局」の略称。なお、平成31年に「入国管理局」は「出入国在留管理庁」に変わった。
くわしくは、UNHCR(難民を支援する国連の機関)のこちらのページをご覧ください。


──日本は「難民」の受け入れに大変、消極的な国と聞きます。

事業を立ち上げた時の課題意識はそこにあります。日本では年間1万人が難民申請をしています

難民申請をしてから、認定結果が出るまで平均で4〜6年かかると言われています。また、難民の認定率がここ数年は0.2〜0.4%です。つまり、ほぼ認定されないということです。


──厳しい現状ですね。そんな風に「難民」にきつく当たる日本に、彼ら彼女らが来る背景はどのようなものでしょうか。

多くの方はとにかく母国を出なければならない状況で、ブローカー(合法・違法を問わず、出国させる手段を提供する者)にお金を渡して、ビザを手配してもらいます。そして、逃げて来たらたまたま日本だったという感じです。どうしても日本がよかったから日本に来た、というひとの方が少数派でしょう。

日本のイメージとしては「トヨタ、ソニー、平和」といったところでしょうか。母国で危険な目にあって命からがら、ですから、留学生のように準備する期間はありません。基本的に彼ら彼女らは日本語がしゃべれません

さきほど、4〜6年は申請結果が出ないと言いましたが、それでも申請から9ヶ月くらい経つと就業許可が出るケースは多くあります。弊社の従業員2人もその許可の下で働いています。


──すると、申請中は働いて待てばよいのでしょうか。

しかし、日本で仕事を身につけるのは本当に難しいですね。日本語もままならない状態ですから。それでもまだ、男性は工事現場やごみ処理など、肉体労働がなくはないです。

もっとも、よい会社ばかりではないので、契約書を交わさないで労働をさせていたり、給与から住居費などを不当に天引きされたり、といった不条理も起こっています。

そうやってだまされることもありますが、辞めてもほかに働き口がない。また、仮に転職しても安定雇用されるかもわからない。そんな状況です。


──相談窓口はないのですか。

相談や寄り添いは必要です。しかし、困りごと、心配ごとを聞いてあげられるひとがほとんどいません。母国からほぼ単独で逃げてきて、所属するコミュニティもないですし、電車賃を出せないというケースもあります。

最前線で奮闘されているNPO団体さんもいらっしゃいますが、携帯電話・インターネット代を払えないため、なかなか連絡が取りにくいといったこともあると聞きます。そうして社会的に孤立してしまいます。


──そこに雇用を生み出そうという創業の理念だったわけですね。

はい。日本語が話せなくても働ける場所を提供できれば、と考えて、パソコンの再生事業を選びました。英語と数字がわかり、技術がわかれば働けるからです。技術説明書は英語・フランス語など各国語で揃っていますから。

実は、ほかにもたとえば介護事業を考えたのですが、日本語のハードルが高かったのでやめました。


事業の成り立ちと今後の展望

──それで、「エシカル」×「パソコン」というユニークな事業になったのですね。今後のこともいろいろとお考えでしょうか。

私も事業企画を考えるうちに気づいたのですが、まだまだ使えるパソコンが捨てられそうになっているケースは多くあります。再生させるニーズや社会的な意義ははっきりあるな、と感じています。

なにより難民の就業者にとって、メリットがあります。パソコンは、勉強して詳しくなるといろいろ応用が利きます。技術さえ身につけられれば、BtoCで課題解決もできるでしょう。将来的には、日本語を覚えた難民メンバーが、日本人のパソコンが苦手なひとの相談に乗ることも考えています。


──事業としてよい展開が期待できますね。

難民をめぐる課題については、日本社会から「難民を受け入れよう」という声がもっと出るようになれば、状況が変わっていくと感じます。

そのためには、「難民」のネガティブな印象を変えていかなきゃな、と。私たちの事業を通じて、「こういう風に、難民が日本に貢献しているよ」と言えるポジティブな状況を作っていくこと。そこから社会の認識や民意が変わっていきうるのでは、と考えます。


──提携する企業とのつながり方やPRの仕方はどうされていますか。貴社の魅力のうち、どういったポイントが受け入れられやすいのか、伺えるでしょうか。

まず、パソコンの回収についてはもともと市場にニーズが強くあり、広告を出せば問い合わせをもらえます。(こちらが 回収の案内をするページ – ZERO PC)

さらに、私たちはPCの買取金額相当を、日本の子供を支援するNPOに全額寄付しています。だから、実質、無料回収しています。そこで、「SDGsに取り組みたいけれど、なにをしていいかわからない」という会社さんも積極的に問い合わせてくれます。「寄付になる」点に共感をいただけているのだと思います。

次にパソコンの販売ですが、「新品の半額以下」だからコストを下げられる、また「環境負荷が低く」「難民の支援にもなる」のでエシカルだというようにお話ししています。(販売のページ

実は、このあたりの打ち出し方には迷いもありました。なにが受け入れられるのか、初めはわからなかったのです。そのあたりの感覚がつかめてから、2020年7月にブランディングし直しました。

それ以前は、ECサイトで「エコPC」として販売していたんですね。安さ重視の姿勢でした。しかし、PCの中古屋さんはほかにもいろいろあるから、魅力が伝わりにくい。

一方、回収事業をするなかで、「なにか社会貢献にかかわりたい会社さん」が多くあることに気づきました。「環境に優しく、難民支援にもつながる。そういったプロダクトを使いたい」という企業やNPOの声をよく聞きました。コスト面のメリットもありつつ、さらにストーリーのあるプロダクトを使いたい、弊社ならそういうニーズに応えられます。

ZERO PCの工場で作業する難民の社員
ZERO PCの工場


──「エシカル」な価値観が浸透してきているのですね。

環境やエシカルへの意識は、この2,3年で大きく変わったと感じています。とくに中小企業さんとやりとりをしていてそう感じます。

今後は、企業が業務上どうしても必要な製品と、「エシカル」が結びつくビジネスが増えていったらよいのではと考えています。

ZERO PCを買ってくださる方が増えると、「難民」の方の雇用を増やせる点もうれしいですね。「社会貢献」というと身銭を切ってやらなきゃ……と考えているひとも多いと思いますが、自分がふだん使っている製品が誰かのサポートになるという状況を作っていけたら、と思います。


ZERO PCホームページ:https://zeropc.jp/


【編集後記】

ZERO PCのサイトを初めて訪れた時、「エシカルなパソコン」というアイデアに驚き、まず「環境に優しい」のはいいなと思いました。しかし、取材を始めてすぐに気づいたのは「難民」をめぐる課題に立ち向かいたい、という青山さんの強い意志でした。

今回、記事を構成する上で解説しきれず、収録できなかった話題もあります。たとえばビザの更新が認められず強制収容され、その収容所の環境が劣悪になるケースがあります。その点で日本は国連から勧告を受けています。また、一度日本を出国してしまうともう認定申請ができないのですが、第三国で認定される可能性があるので、むしろそれを期待して、難民支援とビジネスの海外展開を考えている、といった話です。

難民をめぐる課題についてはエシカルSTORYで、今後も扱いたいと考えています。


取材・文:木村洋平
写真提供:ピープルポート株式会社