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子どもたちがほっとする椅子をつくる──日本の伝統的な林業の「杉」を使って(木村光一さん、三浦妃己郎さん)

子どもたちが健やかに育つことを願って「ほっとする椅子」を製造、販売する木村光一さんと、木村さんに伝統的な林業によって生まれる杉材を提供する三浦妃己郎さんを取材しました。

木村光一さんと三浦妃己郎さん
木村光一さん 左 三浦妃己郎さん 右

取材日:2024年4月24日

「子どもたちへの贈り物にしたい」。自然と姿勢が調(ととの)い、体が楽になる「ほっとする椅子」を発明した木村光一(きむら こういち)さんはそう語ります。


ほっとする椅子「Oval chair harmony®️」の作り方

木村さんの椅子は、楕円を使った座面が特徴で、座ると仙骨が調ってスッと背筋が伸び、自然とよい姿勢が生まれます。そこには人間工学と呼べる仕組みもあるのですが、木村さんがこだわったのはむしろ「素材」です。

ほっとする椅子 Oval chair harmony®️

この椅子は、日本の伝統的な林業から生まれた「杉」だけを使っています。杉は伝統的な林業が生み出す「宝物」です。そのことに気づいた木村さんは、三重県で伝統的な林業を続ける木こりの三浦妃己郎(みうら きみお)さんを訪ねます。日々、森に入り、木の声を聞きながら一本一本伐っていく三浦さんは、新月伐採、葉枯らし、そして里での一年は日本の四季を感じながらの自然乾燥という古来の方法を受け継いだ特別な杉を世に送り出しています。

「子どもたちがこの椅子に座ってほっとしたり、安らいだりしてくれたらうれしい。そうやって未来に向かってすくすくと成長してほしい」。小さな孫の成長を見守りながら、木村さんはこの椅子をゆっくり世の中に広めていきたいと考えています。

今回、椅子を発明した木村さんと木こりの三浦さんに同時にインタビューをしました。


楕円のアイデアと天地の感覚

──この椅子は、座面が曲線を描いています。楕円の弧の形だそうですね。

木村さん:そうです。座った時、自然と椅子の真ん中に腰が落ち着き、仙骨が調ってよい姿勢になります。人体にとって自然な姿勢です。それで、こころとからだが調和して「ほっとする」のです。

座面のカーブには円の弧も試してみたことがありますが、胸からおなかにかけて、体がかたく閉じた感じがしました。楕円だと体がやわらかく開いて頭は天の方へ、腰から下は地の方へ深くつながる感覚が生まれます。


──もともと企業の研究所でエンジニアとしてお仕事をされていたと聞きました。なぜ今椅子づくりをしようと思ったのですか。

本当に「アイデアが降ってわいた」という感じでした(笑)。それまで家具に関心が深かったわけでもありません。ある時、楕円の椅子のアイデアを思いついて、CADで設計し、作ってみたらこれがよかったのです。

私は60歳を過ぎ、勤めを辞めてから妻の父の工場を継ぎました。そこを経営する中で、CADや工場(こうば)など椅子をつくるのに必要なものが自然とそろっていました。さらに、三浦さんと出会ったことで「新月伐採」や「葉枯らし」の製法を知りました。


70歳を過ぎてワクワクする

──偶然のなりゆきだったのですね。

偶然というか、必然と言いますか(笑)。この椅子ができてから、妻と結婚したのも、定年後に工場を継いだのもすべてこのためだったんじゃないかと感じています。まあ半ば冗談ですが。

70歳を過ぎてこんなにワクワクする仕事を始められるとは思っていませんでした。いろいろなご縁が重なってこの椅子はできました。つくるうちに、お金もうけばかりの世界でなく、もっと別の大切なものを子どもたちに残したい、伝えたいという思いが深まりました。

研究所時代に培った経験で、知的財産(特許、商標、デザイン)を使うと、「独占」ではなく、純粋に社会貢献ができることを知っていました。この椅子は、「未来を創る子供たちへの贈り物!姿勢が調う事で得られる深い呼吸、安心感という贈り物」のつもりです。知的財産権で保護されたこの椅子は、2023年1月の販売開始以来、おかげさまでひと月に10脚ほど販売するご縁をいただいています。その売り上げの一部を使って、今年は阿蘇のこども園にこの椅子を寄付させていただきました。喜んでくださってうれしかったです。子供たちの姿勢が良くなって、スクスクと育ってほしいと願っています。この活動をこれからもずっと続けていこうと思うと、ワクワクしますね!

木村光一さんは、阿蘇のこども園にほっとする椅子を提供した。
阿蘇のこども園

* このこども園は、一般社団法人sol 森のようちえん おてんとさん 多機能型障がい児通所事業所 アトリエモモ https://sol-momo.com です。


──木村さんは、手仕事や日本の伝統技術にこだわっていらっしゃいます。

ほっとする椅子は、家具職人が釘などは一切使わず、伝統の「ホゾ組」による手仕事で組み立てています。ご存じのように杉はとてもやわらかいので、より丈夫に仕上げるためには接着剤が必要になります。しかし、使うのは化学薬剤であるボンドではなく、奈良時代から仏像などに使われている「米糊(こめのり)」に決めました。

「手仕事で創った物は、手仕事で直せる!」「そして、ずっと使い続けたい!」という思いから、ボンドや釘などの金属類は一切使わず、ホゾ組と米糊にこだわっています。米糊の弱点は水に弱いことです。年末の大掃除の障子の張り替えを思い出してください。しかし、それは長所にもなります。どこかの部材が破損しても、水さえあれば簡単に取り替えて直せるからです。

また、古くから日本にある「面落ち」の技法もデザインとして活かしています。そういう伝統、手仕事の尊さを伝えていきたいですね。

しかし、なにより三浦さんの杉です。三浦さんの杉がなければ、この椅子はできていません。


日本の隠れた財産「杉」を使う

──なぜ杉にこだわるのでしょうか。

杉は古くから日本にある木材で、正倉院の宝物を入れる箱にも使われています。本来、日本の杉は、山や森で木こりが世話をして、杉林として長く育てるものです。たとえば三浦さんのいる三重県にも、江戸時代からずっと人の手がていねいに入っている杉の林がいくつかあります。そうしたところでは樹齢150年、200年を超えるような杉も見られます。

一方で、今の日本の林業の主流では、樹齢50年程度の杉を建材として使うことが多いです。乱伐(らんばつ)、皆伐(かいばつ)も大きな問題で、ていねいに林の世話をせず、伐る時は山の斜面を丸裸にしてしまうような伐り方も横行しています。それでは新しく杉の林が生まれるのに長い年月がかかりますし、雨の時に土砂崩れが起こったり、土壌が流出したりする危険があります。

三浦さんは日々、林の中に入り、森の全体のバランスを見ながら一本一本、伐り出す木を選んでいます。山全体、杉林の全体をよい状態に保っています。それが長い目で見ると、一番よい杉材を生むのです。

さらに、月の欠けていく時期に伐ると、木材として歪みが出にくいです(新月伐採)。また、伐った杉を倒したまましばらく寝かせておくと自然と葉が幹から水分を吸い上げ幹が軽くなります。(葉枯らし)。時間と手間と技術をかけないと生まれない、とても貴重な素材なのです。これを私たちは「新月の杉®️」と名付けました。

そんな三浦さんの杉を使っているから、椅子も軽くてやわらかく、温もりのあるものになります。そして長く使い続けられるのです。今、子どもが使ったとしたら、その子が大人になり、自分の子どもに与えても変わることなく同じ椅子を使えると思います。

伝統的な林業から生まれる杉は、まさに日本の隠れた財産なのです。杉の学名は Cryptomeria japonica(クリプトメリア・ヤポニカ)で、「日本の(japonica)」という語が入っているくらいです。


天啓で家業を継ぐ

──日本の伝統的な林業を受け継ぐ三浦さんは代々、林業の家系なのですね。

三浦さん:はい、私は父から事業を引き継いでいます。しかし、最初は家業を継ぐつもりはありませんでした。今、林業を生業にしていることは自分では天啓だと思っており、見えないレールで導かれたような気がします。

大学4年の時、卒業したら親の言うことを聞かず、インドで修行したいとひそかに思っていました。それで、日本での最後の思い出にスキーがしたいと、自分で車を運転してスキー場に向かっていたのですが、向こうから来た10トントラックと正面衝突したのです。車は廃車になりましたが、私は無傷でした。

そういう不思議な出来事が起こり、私はきっと家業を継ぐように定められているのだ、という気になって心を決めました。インド行きもやめました。

その後、奨学金を返済するため、5年間は勤めをするのですが、やはりサラリーマンよりは自営業が合っていました。縁があって結婚し、父のもとで林業の仕事を始めます。28歳の時です。その後、経営の苦労も身にしみて知り、30代半ばで代替わりをして、私が主体でやっていくことになりました。


木と森がくれるサイン

──三浦さんの木とのつきあい方は、さきほど木村さんも話していた通り、戦後の日本で主流のやり方とはちがうのですね。

日本の林業は林野庁の方針に基づき、事業者が補助金などの優遇処置を受け伐採をすることがほとんどです。


──そのなかで伝統的なやり方をする理由はなんでしょうか。

ある体験がきっかけです。父から仕事を引き継いだあとのことですが、私は林に入ってどの木を伐ろうか迷っていました。ぱっと見れば「この木を伐って売れば、おおよそいくらになる」ということがわかります。事業として見れば、今、値が高い木を伐るのがよいはずです。

しかしその時、山全体が「こちらの木を伐るんだ」と教えてくれたと感じました。その木を間伐(かんばつ)することで、日当たりや風通しが変わり、林がよりよい状態になるということを、木や山がサインを出して知らせてくれていると感じたのです。それは営利が一番という考えとはちがう木の選び方になります。

その時に涙がこぼれました。木や山が対話してくれていると感じられたからです。そして「来世、生まれ変わってもここで木を伐ろう」と思ったのです。


一生をかけても終わらない仕事

──木や山と会話しながら仕事をされているのですね。なぜ「来世」と思われたのですか。

このあたりの林は、杉林だけでなく、檜(ひのき)などの雑木林も含めて先祖代々つづく林業によってできています。100年、200年と人の手が入り続けることで、このように保たれています。

杉の木
三浦さんが守る杉たち

私たちの林業は、そういう長い時間をかけた森や林から木をいただいています。だから私自身も、次の代に林を受け渡すつもりで働いています。「来世」という言い方をしたのは、そういう意味で自分ひとりの一生の間のことだけではない仕事だと思っているからです。


「ほっとする椅子」Oval chair harmony®️(オーバル・チェア・ハーモニー)

椅子のお問い合わせ:hi_kenya@mac.com (木村光一)


参考
映画『WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常』(三浦しをん原作 矢口史靖監督 東宝 2014)
『木とつきあう智恵』エルヴィン・トーマ 著、宮下智恵子 訳 地湧社、2003


取材・文・写真:木村洋平
写真・画像提供:木村光一