終戦後の貸本屋から始まった町田の久美堂は、エシカルな本屋です。早くから店舗のバリアフリー設計を手がけ、今はさまざまなお客さまと子どもが集まれる地域のコミュニティを目指しています。

取材日:2025年2月10日
創業から80年、地域とともに歩んできた本屋、町田の「久美堂(ひさみどう)」の社長である井之上健浩(いのうえ たけひろ)さんを取材しました。
久美堂は、1980年代から車椅子の人や妊婦さんに配慮したお店の設計を始めたエシカルな本屋さん。現社長の井之上さんは、特に東日本大震災やコロナ禍の時に「本は生活必需品」と感じる場面に出会いました。
今は子どもやお客さまにとって落ち着ける、地域の居場所やコミュニティとしての本屋を目指して経営しています。
始まりは、終戦直後の貸本屋
──「久美堂」はいつ始まったのですか。
創業は1945年の12月です。終戦の年に祖母が貸本屋(かしほんや)を始めました。貸本屋というのは、神保町(じんぼうちょう。東京都心にある本の街)で仕入れた本を町田で貸して、お代をいただく商売です。当時はみんな活字に飢えており、本が貴重でした。数少ない本を「回し読み」する感覚に近いでしょう。
祖母は、原町田商店街で軒先(のきさき)を借りて仕事を始め、「久美堂文庫」と名づけました。祖母の名前が久子、妹の美代子も手伝って始めたため「久美堂(ひさみどう)」としたのです。その後、中国から祖父が戻り、久子と会社を作ります。1951年「株式会社 久美堂」の設立です。
それからは支店を拡大し、娯楽本や雑誌、文房具などを置き始め、教科書も扱うようになりました。地域に根ざして発展できました。
早くからエシカルなお店作り
──久美堂では早くから、今でいうバリアフリーやユニバーサルデザインをお店に取り入れたと聞いています。
はい。1985年に二代目として私の父が社長になり、始めた取り組みです。
まず、ドライブスルーを本屋に作りました。車から降りずに、雑誌や本を買えるサービスです。全国でも本屋では初めてと言われました。また、お店の入り口にスロープを作り、通路の幅を広げた支店もあります。これらは車椅子の人や妊婦さん、幼い子どもを連れたお客さんが本を買いやすくするための工夫でした。
こうした工夫は今でいうエシカルやサステナブル、SDGsに当たるものです。
「本は生活必需品」
──井之上さんは、ずっと久美堂にお勤めだったのですか。
新卒後、25才まで関西の出版社で働いていました。言ってみれば、外に出る「修行期間」です。その後、町田に戻って久美堂の社員になり、父の経営をそばで見ながら、都心の会合やイベントに出席するなど、出版業界の横のつながりを意識しました。また、私は町田生まれ、町田育ちであり、地域のつながりを大事に考えています。
本の仕事を始めてから「本は生活必需品だ」と深く感じる場面に、何回も出会いました。
特に印象が大きかったのは、2011年、東日本大震災の時です。3月に震災があった後、被災地に本を届けたいと考え、店頭で町田のみなさんから本を集めました。4月末に仲間といっしょにトラックを運転して、福島の避難所に持って行きました。
しかし、行政に問い合わせると「今は食うや食わずの状況で、物資の仕分けも大変だから、もうこれ以上、役所に物資を持ち込まないでほしい」と返事をもらいます。たしかに、ボランティアがかえって邪魔になるという報道もされていた時期です。
私たちは親戚の家を頼ったりして、寝床や食事は自分たちで済ませ、迷惑をかけないようにしながら、とりあえず避難所にトラックで行ってみました。すると、本がものすごく喜ばれたのです。
電気が通らず、TVやラジオもない避難所では、情報や活字がとても貴重でした。避難所には、本棚や本がありましたが、震災からひと月経って、それらはすでに読み終えられていました。
そこで、町田で集めた本を渡すだけでなく、ある避難所の本を集め、別の避難所に持っていくという「本の循環」を作ることもやってみました。多くの人が本を喜び、本を読んでくれました。
この時、祖母の貸本屋を思い出しました。「本は生活必需品」だと実感したのです。
その後、2020年の始めにコロナが流行り始め、学校が休校になるなど社会に大きな変化があった時も、子ども連れのお客さまやさまざまな方が久美堂にいらっしゃいました。家で勉強するためのドリル、絵本、雑誌、文庫などが手に取られるのを見て、「人間は本を求めるんだ」と実感しました。
コミュニティ作りと子ども支援
──近年は、地域やコミュニティを意識した企画が増えたとうかがっています。
はい。久美堂では、10年以上前から「サンタ便」をやっていました。久美堂で3000円以上、お買い上げのお客さまのご自宅に、12月24日と25日に私がサンタの格好で本を届ける企画です。
2021年に社長に就任してからは、コミュニティや居場所を意識したお店作りを考えています。児童・生徒が登下校のときに本屋に立ち寄って話せるように気を配ったり、本屋の中に駄菓子(だがし)を売るコーナーを設けたりしました。
本屋が、地域のコミュニティやサードプレイス(家でも職場でもない場所)になり、子どもやお客さまが立ち寄りやすく、落ち着ける場所になれたらよいと考えています。
文・写真・取材:木村洋平